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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)136号 判決 1974年10月14日

東京都台東区池之端一-一-一五

原告

岸本重蔵

右訴訟代理人弁護士

大杉和義

同区東上野五-五

被告

下谷税務署長

右指定代理人

筧康生

岡村俊一

柴田定男

村山文彦

大沢義平

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

「被告が原告に対し昭和三八年九月一二日付でした原告の昭和三六年分所得税の更生のうち総所得金額一一四六万七三〇三円をこえる部分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文同旨の判決

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  原告は、昭和三七年三月一四日被告に対し、昭和三六年分(以下「係争年分」という。)の所得税につき、総所得金額六三二万二六〇五円(内訳 不動産所得一〇万九五八三円、給与所四九万一〇〇〇円、譲渡所得五七二万二〇二二円)、税額二一八万一三五〇円の確定申告をしたところ、被告は、同三八年九月一二日、右譲渡所得の金額を一四二四万二八一四円とし、総所得金額一四八四万三三九七円(不動産所得及び給与所得の金額は確定申告のとおり。)、税額六六六万九八四〇円とする旨の更正をした。

二  しかしながら、原告の係争年分の譲渡所得の金額は、一〇八六万六七二〇円であり、総所得金額は、一一四六万七三〇三円(不動産所得及び給与所得の金額は確定申告のとおり。)であるから、本件更正のうち、右金額をこえる部分は違法であり、取り消されるべきである。

(被告の答弁及び主張)

一  請求の原因一の事実は認める。

同二のうち、不動産所得及び給与所得の金額が原告主張のとおりであることは認めるが、譲渡所得の金額は否認する。

二  譲渡所得金額一四二四万二八一四円の認定の根拠

1 埼玉銀行の関係会社である大栄不動産株式会社は、昭和三六年当初から同銀行上野支店の開設用地として、原告所有の東京都台東区御徒町三丁目(新表示東上野三丁目)二七番地二所在の宅地四四・六二平方メートル(一三・五坪)及び同町三丁目二七番地三所在の宅地一八一・八一平方メートル(五五坪)合計二二六・四四平方メートル(六八・五坪)並びにその地上の木造二階建店舗一棟及び木造二階建工場一棟(以下、これらの土地・建物を「本件土地建物」という。)を含む一画の土地・建物を買収する計画を有していたが、自己が直接取引に当たると売主に銀行用地の買収であることが察知され売買価格が騰貴するおそれがあるため、その関係会社の大和基礎工業株式会社(以下「大和基礎工業」という。)にその買収を委託した。これを受けて、大和基礎工業の代表者小倉金吾(以下「小倉」という。)は、その買収に着手し、本件土地建物については、土地ブローカーである村吉市郎(以下「村吉」という。)を介して原告に交渉したところ、原告は三・三平方メートル当たり五〇万円の手取りになることを求めた。

そこで、原告と小倉は相談の上、本件土地建物の譲渡に伴なう原告の所得税の負担を回避し、原告の要求する手取りとする裏工作を村吉に依頼し、これを受けて村吉は、売主原告と買主大和基礎工業との間にいわゆるトンネル会社として東横繊維株式会社(以下「東横繊維」という。)を介在させ、本件土地建物を原告から東横繊維に代金二四二七万九三九〇円で売却する旨の昭和三六年七月七日付売買契約書を作成し、更に東横繊維から大和基礎工業に代金四一一〇万円で売却する旨の同年八月八日付売買契約書を作成し、一たん東横繊維が本件土地建物を取得した後に大和基礎工業がこれを取得したように仮装した。

ところで、原告と大和基礎工業との間の本件土地建物の真実の売買契約は、右東横繊維と大和基礎工業との間の売買契約書が取り交わされた同年八月七日ころ原告又はその代理人村吉と小倉との間に代金四一一〇万円(三・三平方メートル当たり六〇万円)で成立し、その代金の支払は、同日ころ下谷の登記所において、本件売買について原告の委任を受けた村吉の立ち会いのもとに大和基礎工業の小倉から原告に一〇〇〇万円が支払われ、同月二一日ころ大和基礎工業の事務所において小倉から村吉と原告の使用人である木村光子(以下「木村」という。)に一五〇〇万円が支払われ、同月二五日ころ同事務所において小倉から村吉と木村に残金一六一〇万円が支払われた。そして、原告は、村吉の指示を受けて、本件土地建物は東横繊維に代金二四二七万九三九〇円で売却したとして係争年分の所得税の確定申告をし、その脱税金の一部をもつて税金及び村吉に対する謝礼等の諸費用にあてたものである。

2 以上のとおり、原告の本件土地建物の売買に基づく譲渡収入金額は四一一〇万円であるから、これに租税特別措置法第三五条(昭和四四年法律第一五号による改正前のもの。以下おなじ)を適用し、これを居住用財産の買換部分(以下「居住用部分」という。)と居住用以外の部分に分けて原告の係争年分の譲渡所得金額を算出すると、次のとおりとなる。

(一) 居住用部分(七五・一一パーセント)

(イ) 譲渡収入金額 三〇八七万七三八〇円

内訳 建物 四七万三六七〇円

土地 三〇四〇万三七一〇円

(ロ) 買換資産の取得価格 一一二三万九二五〇円

(ハ) 譲渡があつたとみなす収入金額((イ)-(ロ)) 一九六三万八一三〇円

(ニ) 譲渡資産の取得価額 一二六万八三六八円

(ホ) 譲渡経費 九万三九二五円

(ヘ) 譲渡があつたとみなす部分の譲渡原価(((ニ)+(ホ))×(ハ)/(イ)) 八六万五〇五六円

(ト) 譲渡益((ハ)-(ヘ)) 一八七七万三〇七四円

(二) 居住用以外の部分(二四・八九パーセント)

(チ) 譲渡収入金額 一〇二二万二六二〇円

内訳 建物 一四万七四二〇円

土地 一〇〇七万五二〇〇円

(リ) 譲渡資産の取得価額 三二万九一四八円

(ヌ) 譲渡経費 三万〇九一八円

(ル) 譲渡益((チ)-(リ)-(ヌ)) 九八六万二五五四円

(三) 譲渡所得金額({((ト)+(ル))-一五〇、〇〇〇}×1/2) 一四二四万二八一四円

したがつて、本件更正には何ら違法はない。

(被告の主張に対する原告の答弁及び反論)

一  被告の主張二1の事実のうち、原告が係争年中に大和基礎工業に本件土地建物を売却したこと、右取引に際して大和基礎工業の小倉が原告と折衝し、村吉がこれを仲介したこと及び原告が、本件土地建物を東横繊維に対し売買代金二四二七万九三九〇円で売却したとして係争年分の所得税の確定申告をしたことは認めるが、その余は争う。

同二2のうち、居住用部分とそれ以外の部分との案分割合、買換資産の取得価額、譲渡資産の取得価額及び譲渡経費が被告主張のとおりであること(したがつて、譲渡価額を四一一〇万円とした場合の譲渡所得の金額が被告主張のとおりであること)は認めるが、本件土地建物の譲渡価額が四一一〇万円であることは争う。

二  本件土地建物の売買の経緯は、次のとおりである。すなわち、

昭和三六年三月ころ、小倉が原告方を訪ねて、大和基礎工業で本件土地の隣接地を買つた旨挨拶した際、原告は小倉に対し本件土地も坪単価五〇万円位で買い取つて欲しい旨申し入れ、それ以来原告と小倉は本件土地建物の売買の交渉をしてきた。しかるところ、同年六月こる、小倉から買収交渉の依頼を受けたと称する村吉が原告に対し本件土地建物の売買のあつ旋を申し入れてきたので、原告は村吉に対し、税金その他の諸費用を差し引いた原告の手取りが三〇〇〇万円となること及び仲介料は買主が負担することという二つの条件を示してあつ旋を依頼し、これを受けて村吉は原告と大和基礎工業との間の売買の仲介の労をとつたのである。

そして、同年八月七日ころ原告と大和基礎工業との間に売買価額三四二五万円(三・三平方メートル当り五〇万円)とする本件土地建物の売買契約が成立し、その代金の支払いは、同日下谷の登記所において大和基礎工業振出の小切手で一〇〇〇万円、同月二一日ころ本件土地の所在地である当時の合資会社大和製作所の事務所において大和基礎工業振出の小切手で二〇〇〇万円、同じく約束手形二通(うち、一通は額面二二〇万円位、満期同年一〇月三〇日ころ、他の一通は額面二〇五万円位、満期同年一一月三〇日ころ)で四二五万円が各支払われたが、右約束手形二通は、いずれも満期日に大和基礎工業の事務所においてこれと交換に現金が支払われたものである。

仮に、大和基礎工業の経理から本件土地建物の売買代金として四一一〇万円が支払われているとしても、それは、大和基礎工業の買収可能価額が坪当たり六〇万円であることを知つていた村吉と、右価額の範囲内であれば買収を委託した大栄不動産株式会社から買収資金の援助を受け得ることとなつていた小倉とが、原告の売渡価額が坪五〇万円であることを寄貨として、その差額六八五万円を着服しようと企て、原告と大和基礎工業との間に東横繊維をトンネル会社として介在させて東横繊維と大和基礎工業との間の売買価額を四一一〇万円とする売買契約書を作成し、右差額を村吉と小倉の両名が着服したものに他ならず、右差額金六八五万円を原告の譲渡収入とすることはできない。なるほど、原告は、右売買の譲渡収入を二四二七万九三九〇円と圧縮して係争年分の所得税の確定申告をしたが、右の圧縮のために脱税工作が行なわれることも、右金額の範囲内でのみ知り、かつ、容認したにすぎないから、これをこえるものは脱税工作のための費用といえず、前記醸渡収入に加算すべき性質のものではない。

三  以上のとおり、本件土地建物の譲渡収入金額は三四二五万円であるから、これに租税特別措置法第三五条を適用し、居住用部分と居住用以外の部分に分けて原告の係争年分の譲渡所得金額を算出すると、次のとおりとなる。

(一) 居住用部分(七五・一一パーセント)

(イ) 譲渡収入金額 二五七三万二三四四円

内訳 建物 四七万三六七〇円

土地 二五二五万八六七四円

(ロ) 買換資産の取得価額 一一二三万九二五〇円

(ハ) 譲渡があつたとみなす収入金額((イ)-(ロ)) 一四四九万三〇九四円

(ニ) 譲渡資産の取得価額 一二六万八三六八円

(ホ) 譲渡経費 九万三九二五円

(ヘ) 譲渡があつたとみなす部分の譲渡原価({(ニ)+(ホ)}×(ハ)-(イ)) 七六万七二四四円

(ト) 譲渡益((ハ)-(ヘ)) 一三七二万五八五〇円

(二) 居住用以外の部分(二四・八九パーセント)

(チ) 譲渡収入金額 八五一万七六五六円

内訳 建物 一四万七四二〇円

土地 八三七万〇二三六円

(リ) 譲渡資産の取得価額 三二万九一四八円

(ヌ) 譲渡経費 三万〇九一八円

(ル) 譲渡益((チ)-(リ)-(ヌ)) 八一五万七五九〇円

(三) 譲渡所得金額({((ト)+(ル))-一五〇、〇〇〇}×1/2) 一〇八六万六七二〇円

右、金額が、原告の係争年分の譲渡所得の金額である。

(原告の反論に対する被告の答弁)

一  原告の反論二及び三の事実は争う(ただし、本件土地建物の譲渡価額を三四二五万円とした場合の譲渡所得の金額が原告主張のとおりであることは争わない。)。

二  仮に、原告が大和基礎工業から現実に受領した金員が前記売買代金四一一〇万円を下回る三四二五万円であつたとしても、その差額六八五万円は、原告の税負担を不当に軽減させるための工作費用に当てられたものであるから、譲渡に関する経費ということはできず、したがつて右金額を譲渡所得の算定に際して控除することはできない。

第三証拠

(原告)

一  甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一ないし五、第七ないし第一八号証提出

二  証人小倉金吾(第一回)、同村吉市郎(第一、二回)、同庄野文隆、同田中好雄、同木村光子の各証言、原告本人尋問の結果援用

三  乙第五号証、第一三号証の一のうち官署作成部分、第一六ないし第一八号証の成立は認め、右第一三号証の一のその余の部分及びその余の乙号各証の成立は不知と述べた。

(被告)

一 乙第一ないし第一八号証(うち、第一三号証は一、二)提出

二 証人庄野文隆、同小倉金吾(第二回)、同村吉市郎(第二回)、同石井保男の各証言、原告本人尋問の結果援用

三 甲第一号証、第四号証、第五号証の一、二、第六号証の三及び五の各官署作成部分、第一〇ないし第一四号証の成立は認め、右第六号証の三及び五のその余の部分及びその余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一  請求の原因一の事実及び本件係争年中に原告に一〇万九五八三円の不動産所得及び四九万一〇〇〇円の給与所得があつたほか、本件土地建物の売却による譲渡所得のあつたことは、当事者間に争いがない。

二  本件土地建物の譲渡価額について

被告は、本件土地建物の譲渡価額は四一一〇万円であり、したがつて右譲渡所得の金額は一四二四万二八一四円であると主張するので、以下検討する。

原告が本件係争年中に大和基礎工業に本件土地建物を売却したこと、右取引に際して大和基礎工業の小倉が原告と折衝し、村吉が右取引に関与したこと及び原告がその売買代金を二四二七万九三九〇円と圧縮して係争年分の所得税の確定申告をしたことは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一及び第四号証、第一〇ないし第一四号証、乙第五号及び第一八号証、証人村吉市郎(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証の一、同号証の三(ただし、官署作成名義部分は成立に争いがない。)、同号証の四、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第六号証の二、証人小倉金吾(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、同証人(第二回)の証言により真正に成立したものと認められる乙第一三号証の二、証人庄野文隆の証言により真正に成立したものと認められる乙第二及び第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六ないし第一一号証、第一四号証、証人村吉市郎(第一、二回)、同小倉金吾(第二回)の各証言の一部、同石井保男の証言、原告本人尋問の結果の一部及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

大和基礎工業の小倉は、昭和三六年六月ころ、本件土地を含む東京都台東区御徒町三丁目所在の一画の宅地約三七五坪の買収を企画し、原告にも接触したところ、原告は、買収に応ずる意向を示し、原告の実質的な手取りが坪当たり五〇万円以上になることを求め、これに必要な裏工作等一切の交渉を村吉に委任した。村吉は、原告の委任に基づき、小倉と交渉した上、本件土地建物の売買価額を坪当たり六〇万円計四一一〇万円と決め、更に原告と大和基礎工業との間に形式上第三者を介在させることにより税金対策を行うことにし、村吉において、同年八月初めころ、中国人陳某の紹介により東横繊維の代表者である庄野義信に面会し、会社の帳簿の操作上必要であると称して同人に右脱税工作に必要な書類に捺印してもらつた。このようにして、原告、村吉及び小倉は、共謀の上、原告から東横繊維に本件土地建物を代金二四二七万九三九〇円で売り渡す旨の昭和三六年七月七日付売買契約書、東横繊維から大和基礎工業に本件土地建物を代金四一一〇万円で売り渡す旨の昭和三六年八月八日付土地売買契約書、原告より買い取つた本件土地建物を大和基礎工業に売り渡すことを決定する旨の東横繊維の昭和三六年七月三一日付取締役会議事録を捏造し、本件土地につき、昭和三六年八月八日東横繊維名義で所有権移転請求権保全仮登記をし、同月一一日右登記の抹消及び大和基礎工業に対する所有権移転請求権保全仮登記をし、次いで同月二五日大和基礎工業に対する所有権移転登記をした。そして、以上のような脱税工作を兼ねた所有権移転の過程において、小倉から原告又はその代理人である村吉又は木村に対し、三回に分けて売買代金四一一〇万円が支払われ、原告はこれを収受した。

以上のような事実を認めることができ、証人村吉市郎(第一、二回)、同小倉金吾(第一、二回)の各証言及び原告本人尋問の結果中右認定に添わない部分は措信することができず(特に、村吉証言及び原告本人の供述中、本件土地建物の譲渡価額は坪五〇万円、総額三四二五万円であつたとする部分は、前出乙第一三号証の二、乙第一八号証、小倉証言(第二回)の一部及び石井証言と対比してにわかに措信しがたいものがあり、)、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

叙上認定判示のとおり、本件土地建物の譲渡価額は四一一〇万円であるとした被告の認定に誤りはなく、原告の本件土地建物の売買に基づく譲渡収入金額は、右四一一〇万円であるといわねばならない。

三  原告の係争年分の譲渡所得金額及び総所得金額

被告の主張二2の居住用部分とそれ以外の部分との案分割合、買換資産の取得価額、譲渡資産の取得価額、譲渡経費は、いずれも当事者間に争いがない(なお、前記認定のような脱税工作のために、相当多額の金員(その実額は、これを認定するに足る的確な証拠はない。)が関係者にばらまかれ、費消されたであろうことは推知するに難くないが、かかる金員を資産の譲渡に関する経費として認めることはできない。)。

原告の係争年分の譲渡収入金額が四一一〇万円であることは叙上のとおりであり、これに租税特別措置法第三五条を適用すると、譲渡所得の金額は被告主張のとおり一四二四万二八一四円と算出される。したがつて、原告の係争年分の総所得金額は一四八四万三三九七円となる。

四  よつて、本件更正に原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 石川善則 裁判官 吉戒修一)

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